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感情と論理

最近はあまり見られなくなったように思うが、昔は、日本人と欧米人の意思決定の違いというと、感情と論理の影響について言及さる事が多かった。すなわち、欧米人は感情の影響を受けずに論理的に決めるが、日本人は論理という理屈ではなく感情に影響されるというのだ。だから、人間的に冷たい欧米人対人間的な日本人という言い方もされた。私も、以前は、こんな整理の仕方を参考に見せる事もあった。

日米の意思決定の違い

だが、欧米人にも感情はあり、決定が感情に影響されないわけではない。また、日本人も欧米的な論理的思考をするようになり、気持ちだけで物事を押し切るような事はしなくなったし、グローバルスタンダードという欧米思考の浸透と共に、気持ちだけでの意思決定などしようと思っても出来なくなってきている。

何に基づいて論理展開をするか、価値がベースにあるのだから、ある絶対的な価値基準を基にすれば、あまりに感情的な決定も決して論理を忘れた感情だけの決定とは言えなくなる。

感情に訴える人の困った点は、感情のベースになっている価値観が自分だけのものではないと信じ込んでしまう事である。「わかるだろ...」「こんなのは当たり前の事じゃないか!」そういわれて、同意を強制されても困るだけである。つまり、考える事を放棄して、自分の方に来る事を強制しているのだ。

考えるのは、相手をわかるためである。論理で考えれば、論理は普遍的なものなのだから、上下関係や過去の貸し借りなどという余分なものなしに、お互いにより納得感が得られる結論に到達しやすいのだ。

感情の軸を大切にするから人間的で、論理だけで決めるのは人間的でないという話しに持っていくことはできない。フェアな関係で相手を尊重するには、論理的である事も重要な事である。

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