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レベルが高いのに、思考をしない?

日々の業務は思考の連続のはずなのに、思考する事が減っているような気がしてならない。ひとつの理由は昔から減らない定常業務のためだろう。といっても、Ccメールのチェックなども定常業務になっているから、減らそうと思えば、減らせるはずだ。

研修トレーニングの場で何らかのスキルで課題を解決するトレーニングをしていると、昔より資質が高いのではないかと思う。最近の人たちのレベルダウンがその理由でもない。

では何が理由なのか。それについては、ある仮説を持っている。

最近の傾向に、優秀とされている人へのますますの依存がある。「彼/彼女に任せておけば大丈夫」「彼/彼女ならうまくやってくれるはずだ」そう言って、考えるのを放棄してしまう。実際にこんなケースに出会うと、あれ?っと思う。なぜそこで、考えないのだろう。そんな事をしていると、それくらいの事もすぐに結論がさせないのか、と思われてしまうような雰囲気がある。大規模プロジェクトのプロマネ選考でさえも、その分野の専門家でない人なのに、彼に任せれば大丈夫だという話になってしまう。確かに優秀なのだろうが、優秀な人が間違えた時の被害はとても大きい。間違えないから優秀なのだというかもしれないが、優秀な人の間違いというのは、はっきりとした間違いはほとんどなく、終わってみて判明するからやっかいなのだ。

小さな所でも、存在が認められた人が意見を言うと、彼が言うのだからと、それ以上考えない。自分もある程度のレベルだとわかっていて、その自分が認める人だから間違えようがないと、自分で考える事をしなくなっている。ここにある間違っている思い込みは「あのレベルの高い人が行っている事だから、議論をし、説明を受ければ自分も納得できるはずだ。だから、議論をするまでもない。良い雰囲気なのだから、その雰囲気に水を差してはいけない」というものだ。

知的レベルが高い人が集まっているからこその落とし穴だ。

決定には、確かにスピードが求められる。拙速の大切さをわかっていながら、判断業務をきちんとすることの重要性を集団として知っていないと、何も考えなかったのと同じになってしまうので、注意が必要だ。

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